かすがは遠くを見ていた。
 佐助はその変わらないのにうんと変わって、届かないのにいつまでも近くにある横顔を見ながら、完璧な恋というものがあるとしたらつまりこれだな、と思った。似合わない気がして気恥ずかしかった。



 もうおそいからきをつけないといけませんよ、とあの独特なうつくしい響きの声で言われたから、今日のかすがはとても素直だ。それで佐助は久しぶりにかすがと並んで夜道を歩いている。並んでというか、まあ、実際のところはそれでも一歩分くらいは斜めになって。先を行くかすがのどこにも視線が落ち着かなくて、佐助はぼんやり丁寧にまとめられた髪だとかそれで覗く耳の裏だとか首筋だとかを、見るでもなく眺めていた。きれいになったなあ、と最近ではまったくそればっかりだ。旦那じゃないんだから、と佐助は自分でちょっと思う。ばかの一つ覚えみたいだ。
「かすが」
「……何だ?」
 呼んでもかすがは振り返らない。いい加減佐助は慣れっこになっていたし、一呼吸置いたその分語尾はやさしかった。
 呼んでおいて別に言うべきことも言いたいこともないので、佐助はうーんとわざとらしくうなってみる。それから(呼んだ手前)しようがなくなって言う。
「俺様としてもさ、遅くなったらやっぱし危ないと思うんだよねえ」
「……そうだな」
 振り返らないで、一呼吸置いて、今日のかすがは素直に答える。佐助はのどが渇いたなあとかそういうことと、やっぱりばかみたいだなあということを考えていた。星の見えない夜道に街灯が映える。
 恋をしてかすがはきれいになった。
 それはもう、幼なじみって何だろう、なんて佐助が考えずにはいられないくらいに。恋をしてきみは。
「だからまあ、送られるくらいはいいんじゃない?」
 じんじんと暑い夏の夜に二人で歩いている。そんなことさえいつ以来だろうと思う幼なじみは、つまり幼なじみだ、と長くもなく短くもない帰り道の間に佐助は考える。そうだ。
 恋をしてきみはきれいになった。







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20100801
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