元親は多分ちょっとかわいそうなものが好きなのだ。
 佐助は男のすらりと通った鼻筋を見ながら思った。ちょっとばかしかわいそうで、単純に笑って撫でてやれるようなやつ。そういうのが元親にとって愛しやすいものなのかもしれない。同情とかそういうことなのかもしれなくって、ただ、それがちっとも嫌でないんだからこれは決して批判とかそんなんじゃない。佐助はあの大きな笑顔と手のひらが好きだ。そうしてそれは向かいに座るこの男も同じなんだろう、と思っていたらその視線が上がって佐助を見た。目が合った。
「何だよ」
 佐助は唇を引き結んだ。もちろん悪態が飛び出すのを堪えるために。
 政宗は少しだけ(二三秒くらい)佐助を見ていて、それから納得のいかない表情のまま顔をさっきからずっと付けっぱなしのテレビに戻した。別に見ているわけじゃあないだろう。時刻は短針がとうにてっぺんを回り過ぎたころで、深夜から早朝へと段々近づいていっているところだった。ブラウン管はカラフルなストライプを映して沈黙している。これを真剣に見ているんだったらそれはすごい。手を叩いて讃えてやったっていい。政宗がそれくらい佐助の理解の範疇を越えた人間なんだったら、佐助はずっと優しく彼に対してやれる。けものみたいなものだ。
 チャンネルを回せば布団やジューサー、時計なんかのテレビショッピングでもやっているかもしれない。同じようなことを(実際同じことだったりもする)何度も繰り返しているだけのそれでも、このウンともスンとも言わないのよりましだろう。でも佐助はこの男と二人でぼんやり深夜のテレビショッピングを眺めるだなんてとうていごめんだったし、相手もそう思っているのかどうか、とりあえずテーブルについた腕は動かないでいる。テレビを消すこともなくて、だからただ小さなテーブルを挟んで夜の縁に座っているだけだ。佐助はわりと飽き飽きしていた。うんざりとかそんな感じで。まぶたの縁を擦ってみても見えるものは変わらなかった。どうやら夢じゃないらしい。
 放送を終えたテレビに照らされた横顔はばっちり整っていて、赤や黄のかげを落としている。元親はきれいなものも好きなのだ。かわいいのも。佐助は政宗の閉じたっきりの唇あたりを眺めて息を吐いた。見ていたいわけではちっともない。というかむしろ政宗のことなんて目の端にも入れたくないわけで、それこそそれだけで嫌な気分で、政宗の方も多分いくらか不快で、政宗が気分を害してるんなら佐助としては少しばかりすっとする。けどやっぱり腹の底がじりじりする方がずっと大きい。
「何しに来たの」
「……てめえに関係」
「ないけどね。ここチカちゃんちだし」
 佐助はコーヒーを入れたマグカップを爪先で叩いた。猿の絵が入っているそれは、佐助が選んだものでなく、テーブルの上には政宗の分ともう一つ小鬼のが置き去りにされて冷めるのを待っている。ちんともかんとも言えない音がした。
 元親は少し前に電話で呼び出されて行ったっきりだ。ゲームのコントローラーはそのまま放り出されてある。政宗の目は頑なにテレビに向けられたままだ。
「まあどうだっていんだけど」
「じゃあ黙ってろ。Shut up」
「あんたもね」
 どうだっていい。政宗がちょっとかわいそうでもきれいでもかわいくても別に。何に傷ついててもいなくても別に。ただ政宗の目にも佐助が同じように映ってるんだとしたら笑えない。だってこれぐらいむかつくものなんかない。
「甘えてないで帰ったら」
 てめえもな。
 捻りのない文句だ。佐助は答えずにコーヒーを啜った。ぬるい。







ひとりでにやってくる不和
お題:落日
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