空気が冷たい。芯からきんと冷えて、かたく、耳の奥まで凍らせるようだ。それこそ生まれたときからですっかり慣れているはずのからだはしかし毎年のごとく肌を攣って肩を胸を指を強張らせる。白い息を吐いて、政宗はゆるく頭を振った。
 積もった雪の下に隠れた庭の姿を思い浮かべようとしてみる。短い夏の、あおあおとした葉を。岩の裏に落ちたくっきりとした影を。秋の乾いた風が葉を落とす。
 吐いた息がななめに流れて消える。
 背後の障子がすーと音もなく開いて、そこから室内の暖められた空気が漏れ出てきてそれを悟る。素足をそのままかためてしまおうとするような板張りがわずかに軋んだ。人ひとりを受けとめたように。
「何してんの?」
「Ah?」
「寒くない?」
 俺様風邪ひきそう。
 政宗の一歩後ろ、眼帯に遮られて視界に入らない側に立って忍は言う。いつもどおりの飄々とした声音で、もう一度寒いと呟いてそれから黙った男の姿を政宗はぼんやり右目の裏に描きながら、薄く開いた唇を舐める。湿った皮膚がすぐに冷える。
「何か用か」
「ん? 別に?」
「……元気か?」
「何が」
「真田、幸村」
 たとえば、この男の息が政宗と同じように白いのかどうか。忍の色も温度もない声は空気に目に見えない線を引くように違和感を残して消えていく。そうして。
 ――ぴたりと、不意に首の後ろに触れた指先にも何も感じない。政宗は震えもせず、ただ少し冷たいなと思った。それでこの人間くさい忍もやはり体温を持った人間なのかと思ってみたりする。別段どちらでもかまわない。ただそうでない方がまだおもしろいかもしれないが。
「隙だらけだよ」
 指がひいて、すぐに違う物が当てられる。今度ははっきりと温度のない感触で、政宗は鉄のにおいを嗅いだ気がした。
「俺は、いま、あんたを、」
「殺せるってか? Hey」
「……いつだって、ね」
 降り積もった雪が音を吸う。空気が、芯からきんと冷えて、かたく、耳の奥まで凍らせるようだ。
 政宗ははあと大きく息を吐いて、白く濁ったそれが消えるのを見送ってから部屋へと踵を返した。忍の姿は既にない。政宗が振り向くよりはやく、消えたのだろう。
 政宗は後ろ手に障子を閉めて、室内に残ったわずかな熱を追って顔を動かした。火鉢の炭が音を立てて崩れた。







つれないおひと
inserted by FC2 system