イレブンである、というただそれだけのことを理由に数々の嫌がらせを受けながら、スザクはいつでも気にしてないよというポーズをとっていた。いつでも、少しばかりの戸惑った顔と困った顔とまれには悲しそうな顔をつくって、体操服を汚されれば洗い教科書を破かれれば修繕し靴を隠されれば捜しに行く。たったそれだけのことだと言うような清らかな後ろ姿で。うなじのあたりだけがすうとしている。
 ルルーシュはそれらのスザクすべてを見知っていたわけではないが、きっとどれにもそうだったのだろうと、確信というよりは(その言葉に備わっているような強い思いはなかった)やはりただ知っているから知っている事実のように思っていた。それが短くもかけがえのない思い出を共有する幼なじみゆえのものであるなら、ルルーシュはスザクの選択とそのための行動を認めるかあるいは真っ向から異を唱え(受け入れられないのなら無視をす)ることもできたのに、事実(ルルーシュの知る、七年前の幼なじみ)はその反対であったので、彼はこんな些細なことにさえ動揺しなくてはいけない。
「ありがとう」
 きっちりとした、実に折り目正しい礼だった。スザクは随分と帝国語が上手くなった。――七年前の、あの夏に比べて。
 当時はときとしてよっぽどルルーシュの日本語のほうが達者な場面もあったものだが、今では彼の滑らかな口の動きにはとてもついてはいけないだろう。発音も聞き取りも、今のスザクにはすっかり危なげがないらしい。対して、あの日以来使うことのなくなった亡国の言語はルルーシュの内からとうにさらわれていて、もしスザクが過去を共に懐かしもうとしても、ルルーシュは応えられなかったかもしれない。
 しかし、スザクはそんなことはしなかった。
 だから、彼は、なおさら。
「……いや」
 転がったペンを拾って渡してやり、礼を言われて、何でもないと首を振る。そこでルルーシュは終わりにした。ただの、とくべつ親しくも何ともないクラスメイトにはこの程度がふさわしい態度だろうと思って。スザクも最後に、彼らをかつて取り巻いていた自然を思いわせる瞳にほんのちらりと感謝のような謝罪のような影をひらめかせただけで、すぐに元通り開いたノートに視線を落とした。軍籍にある彼は、こうして休み時間も潰して教科書と首っ引きになっていても、専業の学生にはとても追いついてはこられない。
 ……スザクの握ったペンが、何度も教科書とノートを往復しては少しずつ文字を書き付けていく。ルルーシュはどうにもものなれないふうの、とにかくきちきちと生真面目に書かれた式を数行眺めただけで幾つか間違いを見つけたが、正すことはしなかった。ただのクラスメイトに、他人に、ルルーシュはわざわざそんなことはしない。
 自分の席まで戻って、ふと窓の外に目をやると、雲が切れて日が射していた。光りがわずかに机の端にかかって、つるりと滑らかな天板に照り返している。次の授業を(眠って)過ごすには少しわずらわしい。保健室にでも行こうかと考えながら、ルルーシュは校内の緑を、そこに何か意味を見い出したりはしないように努めつつ眺めた。複数のことを同時に考えるのはルルーシュにとっては日常のことであったから、完全に上手くいったとは言えなかったが――今、教室内を振り向きたくはなかった。
 幼く拙い、乱暴なくらいの声がルルーシュを呼ぶまで。
 悲しみ困り、傷つけられた声がルルーシュを呼ぶまで。
 気にしていないはずがない、そう、彼は言うべきなのだ。







サムワン・フー
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