夕食はカレーライスになった。
 黒は買ってきたばかりのスーパーの袋からがさごそ材料を取り出して、シンク横にたんたん並べていく。まとめて流水で洗ったあとはものなれた手付きでにんじんの皮を剥き、銀杏切りにし、じゃがいもの芽をとり、皮を剥き、一口サイズの乱切りにする。たまねぎを手に取ったところで黒はふと顔だけで振り返って、
「銀、炊飯器のスイッチを入れてくれ」
 銀は頷いて立ち上がり、地面にそのまま置かれた炊飯器のスイッチを押して、それで元の位置に戻って座った。黒がたまねぎを切るリズミカルな音がする。銀の耳に、それは一つの音楽のように聞こえる。
 カレーライスと言ったのは銀だった。黒が聞いたから。夕暮れ前の路地を歩く二人の影がすこしずつ長くなっていくところだった。

「銀。夕飯、食べたいものあるか?」
 二人は手を繋いでいて、黒の足取りは銀に合わせてゆるめられている。学校や遊びに出た帰りらしい小学生たちとすれ違い、買い物にでも行く親子連れに追い抜かされた。ほんのすこし風が吹いている。
 黒はななめに視線を銀にやって、銀はわずかばかりあごを上げて黒に顔を向けた。一筋髪が頬を撫でた。
「カレーライス」

 出来上がったカレーを二人分それぞれ、黒には大盛り山盛り、銀にはごく控えめに盛って座った。皿からはほかほか湯気がのぼって、特徴的な匂いがする。黙ってスプーンを、付け合わせのサラダにはフォークを動かしていたら二人の食事はすぐに終わった。黒は何度もおかわりをして鍋も炊飯器の中身もさらえてしまった。
「知ってたんだな」
 黒が食器を水に浸けて蛇口を閉める。ぽとん、という音を最後に室内がしんとして、波紋に黒の言葉が重なった。端まで静かに揺れる。
「何を」
「カレーライス」
 頷く。
「知ってた」
 黒はシンクの縁に手をかけ、キッチンの小窓を開ける。カラカラと窓枠が鳴る。あきのにおい、ゆうぐれのにおい。
「猫に聞いた。今日みたいな、道を歩いてたとき。同じ匂い」
「ああ」
 黒はすぐに窓を閉めた。もう秋はぐっと深く夜は肌寒い。







しあわせになれますか?
お題:メルヘン
20101023
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