最近、どうにも肩が重い。理由ははっきりしている。むしろはっきりしすぎていて、しすぎているからこそ逆に直視できないというのが正直なところだ。いっそ疲労の視覚化とかそういう単純なものであったらいいのに(しかし現実はそれよりもっと単純で、単純すぎる)。
 ツォンは買ってきたばかりの牛乳パックを開けて、こちらも買ってきたばかりのマグカップに注いだ。しろい液体がすうっと流れ落ちて容器を満たす様子はとろりと甘い。白地に赤のチェックが描かれたマグを電子レンジに入れて、一分、回っている間に今度はコーヒーを自分のために。薄いインスタントでも今は喉を通って胃の腑に落ちるものなら何だっていい。カップは棚から出してきたいつものもので、愛用と言えるほどではないが、レンジの内のやつよりは指になじんでほっとした。これこそ正しき日常のひとかけというものだ。
 ネクタイをほどいて、緩めたそこにコーヒーを流し込む。それは期待通りの薄っぺらな味で、ツォンは目を開けても覚めない夢に繋がれているのを確認した。つまりは、逃れ得ない現実、というやつに。
 ……肩に文字通り乗っかっているそれは、そうして同じような当たり前さでもってツォンの耳を引っ張る。
「ねえ」
 ぐいと。
「なに」
「降ろして」
 なんだかロボットにでもなったような心地だ。スイッチ一つで動く単純な機械で、そのスイッチは左耳のところに内蔵されている。
 降ろしたあとの方が肩がいっそう重たいのはなぜだろう。
 ピーと電子音に呼ばれてマグカップを取り出して、マスター(と言ったら彼女はきっとわらってツォンの左耳を引っ張る。それは思いきり)の横に置く。温められたことでそれはぐっと匂いを濃くしていて、ツォンはちょっと眉根を寄せた。
「本当にこれに?」
 彼女の方もその小さな顔をしかめて、小さなちいさな鼻をくんくんと動かして小さなちいさな唇をううんと曲げた。
「ものはためし、よ」
「そう」
 それならそれでいい。彼女のチャレンジャー精神に異議を唱えるつもりはさらさらない。
 ツォンは大人しく数冊の本を階段状にずらしてマグのとなりに重ねて、残しておいた一冊を持ってソファに横向きにかけた。耳栓かBGMが欲しいところだが、小さな彼女の声はやはり小さいのでそういうわけにもいかない。
 ぱちゃ、ぴちゃ、ささやかな水音からできるだけ離れたところで紙面の間へと意識を落とす。……完全には落としきらないように注意する、それはちょうど微睡んでいるときと似ていた。夢と現実とがゆったりと重なりあって、網膜を脳裏を支配する。
 ふと、文字がぼやけて、こめかみを揉んだら疲労が指先にこびりついた気がした。
「ね、ツォン?」
 呼ばれて、顔を向けたら、カップの縁に腕と頭をかけたちいさなひとがツォンを見ていた。まっすぐ。「手、出して」「は」「いいから」「…………」
 差し出した手の甲がぴりっとした。
「どう?」
「夢じゃないみたいだな」
「そうね」
 甘い匂いがした。夢のような。
「あっち、向いてて。出るから」
「どうだった?」
「酔いそう」
 ツォンはそうと頷いて手の甲を撫でた。







ハヴ・ア・ドリーム
お題:meg
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