死ねばいいなどと思っていたわけではもちろんない。レノはそんなふうな人でなしであるつもりはないし、レノなりに男を……慕ってもいた。いる。多分(ちょっとこれは表現がむつかしい)。
 死ねばいいなんて、ほんとうに、まったく思っていやしなかったんだが。肩を過ぎてまっすぐに落ちる髪を見ながらレノは気持ち首をひねった。もしかしたらこころのなかだけで。あーでも死んだ方がましかもなあと思ったことはあったかもしんない。かも。かもかも。
「何してんですか」
「仕事以外の何かに見えるか?」
「いえ」
 ばち、と男の指が(おそらくは)エンターキーを押し込んだ。
 ……死ねばよかったとはぜったいに、多分、まあ、思わない。多分。でも、それがふさわしかった気がした。する。そういうのの方が、この意外とロマンチストだったりする(とレノはにらんでいる)男にはふさわしいんじゃないかなあなんて。思ったりするわけだ。抱けもしない抱く気もない女をただただ追っかけてたりする男には。それでもって決して追いつかない、なんてそんなのレノにはわかりゃしないしわかりたくも別にないわけで、だからただレノがそう思うというばかりの話だが。
 ぱちぱちいうキーボードの音は速くて正確で退屈でしかない。眠い。
「何してるんだ」
「何に見えますか、と」
「今は休憩時間ではないはずだが」
 でもレノは男の指がわりと好きだったりする。
「知ってます休憩じゃないです」
「じゃあ何だ」
「なんでしょーね、と」
 ただ、男がいなくなって少しあと、女もまた(というのは結局そのときだけの表現だが)去ったと知ったときに納得してしまったのだ。いっそ感服さえしたかもしれない。追いかけているようで追いつかないでいるようで、その実いつだって見事に先回りしてみせる男に。女も微笑みでもしただろうに。死後の世界なんてものがあるんだとしたらそこで、もし、出会えたんだとしたら。レノは女が男にどんな顔を見せていたんだか知らない。……やっぱり、「らしく」眉でも寄せたかも。あれはしかめ面の美しい女だった。
「ツォンさん」
「ああ」
「腹減りませんかなんか配達でもさせましょうか。ピザとか。ピザとか。配達」
 モニタから少しだけ男の顔が上がる。レノを見る。薄く唇が開いて、ため息でも出るかと思われたそこからは代わりに短く肯定の言葉がもれた。「ああ」
 いったいぜんたいあの女はどこにしまわれたんだろうかなあ。







人でなしと物おもい
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