くすぐったい。ふわふわぱさぱさかさかさ、仰向けていた顔面に軽薄な慈愛みたいのが降ってきてレノは疲労とか眠気とか諦めとかで接着されていたまぶたを仕方なくうすーく開いた。睫毛の間で諦めが重たくなって、それでもまだそろっとそろっとあくまで慎重に(だったつもりだ)。
「おはよう」
「…………」
「おはよう、レノ」
「……おはよう、お姉ちゃん」
 女がいやにきっちりと音声をしたためて微笑みと一緒に降らせてきたので、レノはちょっとどうしようかと思いながらもとりあえず挨拶を返しておいた。時刻としてはちっともおはやくないのであくまで眠りから覚めたときのそれとして。女の微笑みがいっそうやわくなる。
 顔を起こすと引っかかっていた何かがかさりと落ちた。レノはそれを摘まみ上げて首を傾げた。これは。
「お花?」
「そうね」
「どうしたの」
 レノはもちろん花に埋もれて眠りたいなんていうメルヘンチックなハートは持っていない。女にも寝ている相手を花で飾り立てるなんていう趣味はなかったはずだ。これまでのレノたちの調査が正しければ。
「売れ残りかな、と」
「レノ、似合わないね」
 女はレノの頭に引っかかっていた花をよけて笑った。レノとしてはああそう、くらいの感想しかない。ああそうですか、と。女は売れ残りさんをさりげなくレノの手に渡して(押し付けて)それじゃあと息を吐いた。すっかり満足な顔で。
「わたし、帰るね」
「送るぞ、と」
「神羅に?」
「お望みでしたら喜んで」
「ありがと。でもいい」
 きっぱりはっきり。レノはこれまでこんなに荒廃した地にも健気に咲く派手ではないけれど生命として正しい花が似合う笑顔もそのくせ一ミリの隙もなく勤め先のビルの特殊強化ガラスより頑丈で強硬な笑顔もどちらも見たことがなかった。……これからもないのかもしれない。
「じゃあね」
「起こしてくれてどーも」
 そうしておんぼろ扉の隙間に女の背は一切の未練もなくあっさりと消えた。



 首が痛い。レノは椅子にかけたままそっくり反っていた頭を持ち上げて、それから口に手をやった。花。茎。ひとふた昔前の漫画みたいなつもりでやってみたわけだが、ここにはレノしかいないのでどんなもんだかわからない。やっている側としてはとりあえず苦い。まずい。おそらくばかみたいなんだろうけれどもやっぱりここにはレノしかいないからわからない。
 レノはこれまでこんなに荒廃した地にも健気に咲く派手ではないけれど生命として正しい花が似合う笑顔もそのくせ一ミリの隙もなく勤め先のビルの特殊強化ガラスより頑丈で強硬な笑顔もどちらも見たことがなかった。……これからも、ないのかも、しれない。
 レノはくわえていた花を足下に吐き出してついでに踏みつけた。踏みにじった。煙草と同じだ。







花の骨と狩人と
お題:goz
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