しろくけぶったりんごをスーツの裾で拭って、現れたぺかりとみずみずしい赤とわあおいしそうという素直な称賛に得意になる。しかし続けて取り出したナイフをぴたりと添えたところでちょっとちょっとと止められて、レノのいい気分で引き上げていた唇の端からかくんとちからが抜けた。
「何だぞ、と。お姉ちゃん」
「ナイフ。こっち、使って」
 刃物を構えたまま静止するレノに「はい」と女は何でもないことのように一本の包丁を、ちゃんと刃の方を持ってはいるけれども突きつけるようにして差し出した。ぐいと手元に寄せられる柄を、レノは返事もせずにまじまじと見つめる。驚きに言葉を失っていたというのもけっこう正しい。ていうか、え。
 『お姉ちゃん』はそんなレノを大きくて丸こい目玉と長くてくっきりしたまつげをぱちぱちやりながら待っている。レノも自身のあんまり愛想がいいとは言えない双眸を数度しばたたいて、それでも眼前の光景は寸分も変わらなかった(黒い柄はつるりと秋から冬へのとうめいな光を受けたまま小揺るぎもせずに構えられていた)のであきらめた。
「……どうも」
 口先で礼を言って受け取った包丁は、やはり紛うかたなく包丁で、とびきり切れ味が良さそうだった。そんな切れ味の良さそうな包丁をこの女はなぜ持ち歩いているのかしらん? だなんていまや些細なことだ。りんごを持ってきたのはレノで場所は教会で女は土いじりをしていたところで包丁はちっとも庭仕事には向いてないなんてことも。
 りんごはぺかりとみずみずしく赤い。
「おいしそう……」
 うっとり呟かれた言葉にレノは得意になった。

(たっぷり蜜の入ったりんごはすばらしくおいしく、上機嫌になった女に一応聞いてみたところ包丁は「護身用、かな。ふふ」とのことだった。まったくよっぽどの危険人物だ)







丸く尖る
お題:ねこ
20100224
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