花は死んだらしい。
 みすぼらしく散らばった花たちをちっぽけな指先で丁寧に拾い集めながら、古代種という少女はその健やかな呼吸と同じリズムで、まるで生きているものの証明みたいにきっちりまばたきをしていた。いち、にい、さん。ほんの一瞬隠れてまたすぐ覗く濡れたみどり色を、レノは道端のちょうどいいでっぱりに腰掛けて、それでもまだ少し見下ろす角度で何をするでもなく眺めているところだ。
 神羅の誘いを毎日まいにち強情に突っぱね続ける幼い花売りは、今日もここ数週間の通りのんびり(時たましたたかに)商売をしていたのだが、今日はここ数週間と違って質の悪い客に絡まれて花籠から商品をぶちまけた。昼間から酔っ払っている輩なんてスラムではめずらしくもない。日々を過ごすのがせいいっぱいのよどんだ灰色の目に、花籠をぶら下げて突っ立つ小娘がどう映るかは、まあ……いろいろだろう。
 レノは懐から煙草を取り出して、いっぽん引っ張り出してくわえた。しかし火を点けようとしたらどうしたことかライターがない。フィルターを噛んで舌を打つ。
「殺してきてやろうか、と。さっきの」
 唇のはしで火の点いていない煙草をゆらゆらさせながら言ったレノに、古代種は顔をあげて、二つの目を揃えてぱしぱしやった。濡れたみどり色。
「だめにされたろう」
 花びらが落ち、葉が千切れ、茎が折れた花たちはまだかろうじて花ではあったが、しかしもう売り物にはならないだろう。
 ううん、と古代種は少し考えるようなしぐさを見せた。まとめられた髪が薄くて小さいからだの向こうで揺れる。おまけに細っこい。
「それ、わたしが神羅に行く条件?」
「ああ、それ助かるな。簡単だぞ、と」
「かんたん?」
 レノは頷く。実際、スラムのチンピラ一人と引き換えに古代種が『奪還』できるなら神羅には言うことなしだろう。安いもんだ。もしいま古代種が頷けば、レノはすぐにでもそうすることができる。実にかんたんに。
 古代種は首を振った。
「お断り、よ」
 レノは肩をすくめた。
「そうか。残念だぞ、と」
 古代種はそう言いそうするレノを見て、つんととんがらせた唇から、ふうっとわざとらしい息を吐いた。大人のようで子どもらしい。かわいいもんだとレノは思う。
「ほんとはそんなつもり、ちっともないくせに」
「まあ、そりゃそうだぞ、と」
「へんなの」
 古代種はくすくす笑って、歩道に散って死んだ花たちを集める作業に戻った。レノはぶらぶらさせていた煙草を飛ばして立ち上がり、数歩歩き、それからひざを折ってかがんだ。とちゅうで火の点いていない煙草を踏んだ。スーツのすそが敷石にかすれた。垂れた指先にあった花を摘まんで花籠に放り込む。
「ありがとう」
 古代種(とされる、言われる、呼ばれる少女)は驚いた、照れたようにほほえんで言った。嬉しそうに。かわいらしいもんだ。あなたの目、みどり色ね。ライターどうしたっけなあ。







花と屑
お題:joy
20100331
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