『何でも屋』というあんまり耳慣れない、聞けば十人に八人は鸚鵡になってしまうような(残りの一人は薄く笑い、もう一人は聞かなかったことにするかもしれない)商売をザックスが始めたとき、エアリスは正直に言ってこんなに上手くいくとは思っていなかった。例によって鸚鵡になったエアリスは「何でも屋?」と目の前でむんと胸を張る青年に聞き返したし、さらにそれに返された説明にも、納得はしてもやっぱり「大丈夫かなあ」と思っていた。ミッドガルではどんな仕事にもきちんと専業の業者があったし、スラムにもなわばりというものがある。そしてどちらであってもいちばん大切なのは信用だ。エアリスの花屋だって簡単ではなかったけれど、『何でも屋』というのはもっと難しく思えた。
 けど。
 エアリスは改良を加えてすっかり調子のいい花売りワゴンを押していた腕を止めて、道の端に見つけたぴんとまっすぐ姿勢のいい背中をぽんと叩いた。びくっと背中が驚いて振り返る。
「……エアリス!」
「お疲れさま」
 叩いた手を下ろさずに挙手するみたいにあげたままで、おどろかしちゃった? とエアリスは『何でも屋』さんのなじんだ顔を覗き込んだ。チョコボみたいな生き生きとした金色をはせた髪の青年は、その下でぱちぱちと何度も瞬きをする。忙しないはずのまぶたとまつげの動きがなのにエアリスをゆっくりとした気持ちにさせるのは、青年の顔が(ザックスの言う通り)やさしいからか、歳の差一つ分の余裕というやつだろうか。ううん、と首を振る仕草は幼い。
「びっくりした。けど……エアリス、は、どうしてるんだ? 仕事?」
 言いながらクラウドの目線は花売りワゴンにずれていって、留まったタイミングでエアリスは言った。
「そう。だったけど、もう、おしまい」
 ワゴンの中からはほとんどの花が既に求める人たちの手に渡っていって、残っているのはほんの数束分だけだ。最近はワゴンだけじゃなく商売のほうもいい調子で、特に今日は好調だった。週末だし、ようやく春がミッドガルにもスラムにもやってきた、ということにみんなが気づき始めたせいもあるだろう。
 それは? と問い掛けてくるクラウドの目の前で、エアリスは手早く残ったこたちを束ねてみせる。
「はい」
「え」
 突然渡された花たちに、クラウドはまた青い目をしばたたく。
「あげる」
「え」
「オフィスにでも飾って。最近忙しいみたいだし、花、いいと思うから。ほっとするもの」
 クラウドは手の中のすこし大きめの花束に視線を落として、エアリスの顔と何度か見比べてから、ありがとう、と小さいけれどはっきりとした声で言った。エアリスはううんとほほえむ。この青年はいつもエアリスをたっぷりとあたたかい気持ちにさせてくれる。
「でも、いいのか?」とまた問い直すのにも、ちっとも嫌な気がしない。
「いいの。でも、ちゃんと飾って、たまにはお花でも眺めてね」
 ぽかぽかと春のご機嫌な陽気で、クラウドはなんだかいまにもこくんと眠ってしまいそうな様子で頷いた。スラムのちいちゃいあの子みたいだ。とっても純粋で、たまにびっくりするような口を利く。
「ザックスにも言っとく。エアリスに会いたい、ってずっと言ってるよ」
 今度はエアリスが両目をぱちっとやる番だった。……ぱちぱち、とわざとらしく何度かやって、じゃあ会いに来なさい、となんとか言う。うん、とクラウドはエアリスの好きなすなおさで頷いた。







未来だけでいい
お題:舌
20100412
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