そのおんぼろい教会の片隅に、建物自体よりはいくらか新しく、しかし結局は長い時間を吸い込んで古く湿ったオルガンが備え付けられてというよりかは打ち捨てられてあることには、当然最初から気づいてはいたので、それ自体は別段物珍しくも何ともなかった。ただそれは最初の一日から昨日までずっと完璧にこの空間に馴染んで、息をひそめて、背景そのものとなっていたから意識されることさえなかったのだ。
 それで、レノは今日、やや驚いて突然主役顔を始めたオルガンとその前に座る古代種とを見た。古代種(と位置づけられる、スラムに暮らす、花を育てる、ある少女)はぎいぎいとうるさくわめきそうな椅子にぴんと背を伸ばし、何ともおしとやかに腰掛けて、扉から入ってきたレノに向けてほほえんだ。レノはそこにまるで歓迎の色のようなものを感じとっていぶかしんだ。確かに今日まで甚だ上手く運んでいないとはいえ、一応、あくまで、レノは古代種にとって自分をにっくき神羅に連れ戻そうとする敵でしかないはずだ。
 なのに。
 古代種は椅子に掛けたまま、何にも言わずにレノを見ている。レノは何となく、敏感なことには自信のある神経で空気を読みとって、静かであることを心がけた足取りでオルガンと古代種からちょうどいい具合に距離を置いた長椅子の一つに向かい、行儀良くそこに腰を下ろした。
 それからレノが改めて顔を向けると、古代種はもうレノを見てはいなかった。その印象的なみどりの瞳は伏せがちに、鍵盤にそえられた指に落ちていた。さらのまんまの唇の端が、満足そうに上がっているのがどうにか見て取れた。
 歌うようなメロディーから始まったのは、短い曲だった。
 かなしげに歌い、跳ねて、踊り、レノの周りをくるりと取り巻いて回って、跳ねて、歌ってあっという間に去っていく。
 それはたぶん、ちっとも上手い演奏ではなかったろう。レノには音楽の素養などからきしないが、そもそも長いこと手入れもされず放り出されていたオルガンだ。音は狂ってぶよんぼよんあっちこっち散らばるようなものだった。それでも一つの曲としてそれなり程度に聴こえたのが既に驚きだ。
 とおん、と最後の一音まで演奏を終えた古代種は立ち上がって、レノひとりの聴衆に向けて礼をした。凛と表情は美しいままで、あくまで優雅に。それはもはや滑稽なのかいっそ神秘的なのか、レノにはわからなかったが、教会にも古代種にも不思議にそぐって胸がすっとする光景だった。だからレノは素直に手を打った。
「よかったぞ、と」
「……ありがと」
 古代種はぱちぱち軽快に鳴る拍手にすこしびっくりしたように瞬いて、それから照れたように、嬉しそうにほほえんだ。まるで内気な少女みたいに。
 それは全然悪くなかった。







 

エリーゼはぼくのために
お題:エナメル
20110213
 
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