眠れない。
 少しばかり前に取り替えた、ガーデンから元々与えられていた物とはゼロの数が違うシーツの上で無意味に手足をさ迷わせては眠りの国の入り口を探すのもいやになったし、そのゼロの数だけ違う(らしい)上等の肌触りもすっかり食い飽きてしまったしで、そうするとスコールにはもう起き上がる外なかった。すぐそこに感じられるのにどうにも掴めない、何かの寓話の宝物みたいな眠気にもうんざりだ。だいたいスコールはこんなシーツの質にこだわるような生き方なんて今まで一度だってしてきてない(しまたこれからする予定もない……)のだから、これはまったくばかばかしい買い物だったと言わざるを得ない。あのすわんとして薄っぺらいシーツの方がよっぽど肌に馴染んでいる。スコールは傭兵だからだ。備え付けのベッドを狭いとか広いとか思うこともない。
 透けてさえいるのにしたたかな膜に隔てられて届かない眠気を見つめるのはやめて、どうやらそんな膜でできているらしいまぶたにも見切りをつけて、ふらふらと当てもなく出た廊下はしんと暗がりに丸くなっていた。ぼんやりきつすぎない程度に照明が灯って、がらんとしそうな空間はやわらかい闇が上手いこと埋めている。見ようによっては昼間よりも温かみがあるかもしれない。……静寂が実体を持っているみたいに近い。質感でもありそうだ。時刻のせいでみな寝静まっているということもないだろうに(夜間の訓練は今も禁止されていない)、まるで今日に限ってはスコール以外の誰もがあちら側に行ってしまっているかのようだ。不愉快に思えて眉間のしわが深くなった。誰かとお喋りを楽しみたいわけではもちろんないが。……そう、そんなわけでは決してない。のだが。
 点々と設置された足元の照明が、その白いコートを闇と区切る線を明確に引いている。夜でも、距離を置いてでもそれが誰であるかが容易く知れる。さすがトレードマークだ。スコールは足を止めかけ、そのまま踵を返そうかとも思って、けれど結局わずかに歩調を鈍くさせるだけに留まった。
 白い影が少しずつかたちをはっきりとさせていく。肌色と、金色と、瞳の色もわかる位置まできたところで相手がようやく動いた。……重ねて言うが、スコールは話し相手を求めていたわけではないし、ましてやこの男になんかこれっぽっちも会いたくはなかった。
「よーう指揮官殿。ひとりで夜の散歩たあ洒落てるな」
「……そんなんじゃない」
 ――無視するべきだった。開いた唇の内側、湿ったところを夜気がなぜてすぐに後悔した。
「ほう? ならどういうわけだ?」
 男の太い声がそのくせ軽々しいかたちに歪んで吐き出されるのにスコールはますます眉間を強ばらせた。今からでも踵を返すべきかもしれない。そう。
「おい?」
「あんたには関係ない」
 スコールは男の眉がぴくんと上がるのを見た。見たくもなかった。引っ張られた口の端がつり上がるのも。
「おうおう冷てえな? 親愛なる指揮官殿がお困りかと思ったんだが? 眠れねえのか?」
「…………」
「なあ?」
「放せ」
 スコールがやっと踵を返そうとした、それより一拍早く、男の足が動いて舞台の上にいるかのように大仰に振られていた手がスコールの腕を掴んだ。それこそ芝居のように、あらかじめ作られていた先がありお互いそれを承知だったのだと思えるような巧妙さで。振りほどけない強さではない。ただ今夜のスコールはひどくタイミングが悪かった。男の白コートを認めたときにすぐに踵を返すことを選べなかったように。
 男の反対の指がスコールの掴まれている方の手に触れた。指先に。「冷えてるな」ガンブレードのトリガーを引く指。手の平に。「だから寝れねえんだ」運命を示すしわ。手首に。「温めてやろうか」上着のうちに隠された血管。
 スコールの最大限に研いだ眼光を受けて男は愉快そうに笑ってみせた。
「俺もお高いシーツで寝させてくれよ」







星屑ルサンチマン
お題:バムセ
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