フリックさんフリックさん! とそれはもう明るくって大きな(ちょっと甲高い)声で真っ正面から飛び込んでくるものだから、呼ばれたフリックは面食らわずにはいられない。うわあ、というよりもはやきゃあとでも声をあげたい気持ちで、慌てて丸テーブルの下に潜り込む。本拠地の床は磨きあげられて埃っぽくはないが、二三人で静かに飲む用の卓は彼の図体を隠すにはいかにも不向きだ。細い脚の合間から広々と室内が、おかしな低い視点で見える。――いったいこれで隠れていると言えるかは定かでないけれども、追われたら逃げるしかない、というのは古来より普遍の狩りのルールだ。
(自分は狩られているのかしらん、と思って目眩がした。酔いではなく)
「あれー? フリックさーーーん?」
 しずしずと更けていく夜をひっちゃぶる声がして、バタバタとまたどこかへ去っていく足音。
 やれやれとフリックが這い出てくると、あら不思議、テーブルの上はからっぽだった。何にもない。
 あまり冷静とは言えない頭が疑問を考察し始めるより早く、答えはとなりからやってきた。
「これ、置いたままじゃバレバレよ……頭隠して尻隠さず、ね」
 ふふ、と艶やかに微笑んで、リィナは飲み差しのグラスをその爪先ではじいてみせた。美しくととのえられた爪とグラスがりいんと鳴る。反対の手にはもう一つグラスを包んでいるので、なるほど。
「隠しといてくれたのか。悪いな」
 酒瓶とグラスを一揃い取り戻そうとしたフリックの手首に、女の細い指が絡む。内側の血管をひやりと撫でた。
「一緒に飲みましょう?」
 目眩がする。








恋をした人死んでる
お題:ジェナロ
20120425
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