つまりは本能の話で、詰めれば所詮気まぐれにすぎない。

 屋内には穏やかなかげが落ちている。厚い天井に遮られて降らない陽光は開け放された窓から控えめに注いでかげを作り、風も吹かず、空気はゆるやかに対流する。庭の木々の葉が時折鳴るばかりの、うつくしく停滞した午前。
 カーティスは開いていた本に指の先を挟んで閉じて、テーブルに肘をついて、本を持ったまま首を折った手の甲に頬を乗せた。右手は脱力したままテーブルの下に。
「人間を食べたいと思ったことは?」
 離れたソファに寝そべっている彼は、顔に本を被せていて表情が知れない。「ガートルード」
「人間を食べたいと思ったことは?」
「…………」
 ばさりと本が落ちて、乱れた銀髪の下で厚いガラスのような青の瞳がうるさげにカーティスを見た。安っぽい色をしている。瓶底そのものと、なかに水を入れて光を透したときのいろ。片割れがどこの誰のものかは知らないが、自分の左目がどうしてこんな色になるのかとカーティスは見るたび不思議に思う。ガートルードのからだはまったくの寄せ集めで、それ以上も以下もなく、さまざまの顔をしたパーツがしかし繋ぎ合わさって彼の彼だけの表情を作り出している。
 はりついた唇が生真面目に動いた。
「ない」
「一度も?」
「ああ」
 不可解だと彼の目が言う。愉快だ。
「別にそのままの意味じゃなくて、騙したり呪ったりとかそういう意味だよ。生気を吸ったりとか」
「だからねえよ」
「へえ」
 カーティスの趣味は「人間をたぶらかし図に乗せて無理な契約をかわしたあげく相手が破滅するのを見ること」で(サハラは模範的だと言った。いい言葉だ)、確かにこれは単なる趣味であって趣味でしかない。趣味とはつまり余剰とか余裕から生まれる遊びで人生を輝かすものの一つだ。
 (模範的との言葉どおり)同じような趣味を持つ悪魔はたくさんいるし、そうでなくても大概の悪魔は何かしらのかたちで人間と関わり、そのなかから(多くはある程度相手を損なうかたちで)何かを頂く。それが悪魔というもので、趣味は直接に生死を決定するものではないが、それでもそれを失って生きるのは自分自身を失うことだとカーティスは思う。
 非難でも攻撃でもするといい。それは人間たちのゆるがざる権利だ。

 ところでカーティスは人間あるいは悪魔の観察も読書も将棋も好きだ。豊富な趣味は間違いなく同じだけ人生を豊かなものにする。
 ガートルードはまたソファの上で目を閉じていた。今度は本はきちんと床に置いてある。
 ……カーティスは閉じていた本を開いて読書を再開することにした。とりあえず極上の昼食ができあがるまでは。







瞬いてマイハニー
お題:ソミュール
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