そこ、と言ってそれは地図や座標で表せるような場所ではなかったが、そこでは空ももちろん城と同様に隔絶されていて、いくら仰いでも鳥を見るようなことはなかった。似たような姿を持つ妖もいないのか、それとも単に己が知らないだけか、とにかく火黒はしばしば佇んだ屋根から頭上に何かの影を見ることはなかった。見上げた先にはいつも空のようなものがあるだけだ。
 閉じている。
 火黒は目線を下げる。
 回廊を渡る影を見付ける。



「藍緋」
 風がはたりと白衣の裾を打って、女のかたちを擬えた妖の足を止めた。それがあんまり図ったようにぴたりときたものだから、なんとはなし、火黒は重ねてその名を呼んでみる。「藍緋」不安になったわけでもないが。
 女は正面に向けていた眼をやや斜めに振って火黒を見た。煩わしそうに。
「『さん』を付けろ」
「どこ行くんだ?」
「上」
 無機質を装った、刺さるというにはいくらも鋭さの足りない視線を笑って受け流して、火黒は一歩近付く。女は動かない。
「白んとこ?」
「そうだ」
「あんたのさ、これ、いいな」
「これ?」
「これ」
 かたちを擬えてはいても、肌は血の通わないいろをして、藍色の髪は風が吹いても毛一筋乱れない。纏った白衣だけが薄闇を泳ぐ。
 火黒はその襟元に指を寄せた。
 かたい布地に皮一枚で触れる。文字通りに、ただ被っているだけの、つくりものの薄っぺらな皮。人間をよく真似たその指で、白衣の端を挟む。
「見付けやすいし、ひらひらして、鳥みたいでさ。……まああんたは飛べないんだけど」
 女は火黒の笑みを浮かべたままの顔をほんの一瞬見つめた。睨んだ。火黒は瞳まで人間の皮を被ったそれで見返す。薄い唇が静かに動くのを見る。
「どけ、火黒。お前に付き合っている暇はない」
「そりゃ残念」
 じゃあ、また。
 火黒が退くと、女(のかたちをした……)は声を掛ける前と同じように、速くも遅くもならない足どりで歩みを再開した。火黒は手を上げて見送る。白衣の裾が翻る。火黒は笑う。







泣かないで、かごの中の鳥
お題:tete
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