叩きつけると言うよりか抉りとるような、洗い流すと言うよりか押し流すような、とにかく大変な大雨だ。いきなり降り出したかと思うとガラスが割れるんじゃないかと思うくらいの激しさで、慌てて雨戸を閉め切ったら少しだけ遠くなった音はしかし未だやかましく、だからぼそりとこぼした自分の呟きはきっと届かないだろうと秋山は予測していた。そもそも相槌としては不適当だったし、充分自覚したうえで傲慢な呟きであったから、届かなくてもいいとも思っていたのだ。
 すごい雨ですねえ……と下ろした雨戸に目をやりながら正直なコメントを漏らしていた直は、やっぱり(と秋山は思った)振り向いて首を傾げた。
「秋山さん?」
 どうしたんですか? というニュアンスを含んで語尾の上がった呼びかけに、秋山はかすかに首を振った。
「何でもない。すごい雨だな」
「ほんとう。天気予報でも何にも言ってなかったのに……でもきっとすぐ止みますよ。それまでゆっくりしていって下さいね」
「悪いな」
「いいえ! ちっとも。お茶、もう一杯どうですか?」
「いや、いい」
 降り出してから止むどころか弱まる気配もない雨に、お茶はもうたっぷり飲んでしまった。ちょうど帰ろうとしていたところに雨が降り出し、風邪でも引いたら大変です! と引き留められてから結構な時間が経っていて、いい加減秋山と直にはすることもない。居心地が悪いとかそういうことでもなく……ふとした呟きが意味するのはただ、ここには時間が余っているということだ。一人暮らしの閉め切った部屋はまるで外界から切り離されている。
 すごい雨だ。
 このままこの雨が四十日も続けば、確かに世界は再生されてしまいそうだ、と秋山は考えて少し笑ってしまった。秋山さん? と直がまた呼ぶ。
「いや……」
「ねえ秋山さん、わからないですよ」
「え」
 見ると直もほほ笑んでいた。
「だってわたしが望むものを、秋山さんは……わかるかもしれないけど、わからないものもきっとありますよ」
 だってわたしにもわかってないんですから、と直は冗談めかしてまた笑う。
「それに……」
「何?」
 言いかけて、目を伏せ、直は手の中のカップを撫でる。ふふ、とはにかむようにするのはかわいらしいが、なるほど、秋山には彼女が何を言おうとしているのかさえわかっていない。いまの秋山はあの呟きが直にちゃんと聞こえていたということに驚いている。
 直はカップに両手を添えたまま、反対に、何でもわかっているみたいに言った。
「あなたの望むものをわたしが持っているかもしれません」
 大洪水が起きるとき、目の前の彼女はきっと方舟に乗れるだろう。そして鳩を飛ばして大地を見つけることができる。
 雨の音が続いている。
「そうだな」
 やっぱり、もしかすると、聞こえるかもしれない、と思っていたのかもしれない、と秋山は思い直した。
「お茶をもらえるか?」
「はい!」
 秋山はいま既に方舟に乗せられているのかもしれない。







たぶん君の望むものは僕は持っていないよ
お題:joy
20100214
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