一面の向日葵畑の真ん中で、そんな絵本みたいな物語の真ん中で、抱えた紙袋からパンの先を突き出して、懐かしい外国のやさしいお話みたいな風景を、なのに直はまったくとうぜんなんのおかしなところもありません、という態度でもって迷いなく歩いていく。人の目も耳も気配もない孤島の楽園で禁断の果実をもぐより遠くに来てしまった思いで、さっきから秋山はとってもついていくだけだ。現実離れしてふわふわして、それこそ雲のうえでも歩いているような気分、夢の中にいる心地、穏やかな波に揺られている感じ。……
 現実の雲がやわらかく太陽を吸ったり吐いたりして、ちょうどぴったりになった陽射しはきつくもなくて散歩日和だ。どちらを向いても視界いっぱいを埋める黄色も目を痛くしない。
 でも秋山は普段よりもさらに少し目を細めて、まぶしいものを見るときの顔をした。直はどんどん、こうふくをいっぱい連れているみたいな足取りでどんどん進む。秋山は立ち止まった。
「…………」
 こうふくからしあわせへ、しあわせからまた折り返してくるところだった直が足を止める。振り向いて、いつものように首を傾げる。ほんとうに信じきった動作だと思う。
「秋山さん?」
「似合うな」
 直のゆるく巻いた髪が陽光を受けてふんわりと甘い。
「何がですか?」
「何だと思う?」
「何でしょう……」
 反対側にゆっくり傾いていく頭は、針が目盛りを過ぎていくのみたいだった。何を測っているのかと言ったら、まあ……
 秋山は黙ったままで直を見ていた。現実離れした、嘘よりもっとつくりものめいた風景が、直のまわりでふわふわしている。それが一つずつ空気を包んで並べて繋げていくように、秋山のところまでだんだん近付いてくる。くるまれる。秋山は目を閉じたくなって、けれどやっぱり直を見ていた。直も秋山を見ている。
「何だろうな」
 わかりません、と直はすなおだ。
「うん」
 秋山は中身がどっさり入った紙袋を抱えなおして、よいしょと足を出した。一歩、二歩、立ち止まったままの直との距離が小さくなって、直のかげがほんの少し大きくなる。視界は相変わらず黄色いのでいっぱいだ。秋山はいつかどこかでこんな絵を見たことがあるような気がした。嘘かもしれないという気もした。
「帰ろうか」
「はい」
 そうやって歩き出す。となりで、おんなじ歩幅で。嘘もいい、と言った声を思い出して。







ふたりぼっちの舞台裏
お題:貴方の唇
20100317
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