フロンティア船団の長かった旅もとうとう終わって、たどり着いた星はランカにとっては実は、……言ってもいいものかわからないけれど開き直って言ってしまえば、やっぱり懐かしいものだった。いまは一度は失った記憶がいっぺんに戻ってきて、加えてそれからもたくさんのことがあって、飽和してぼんやり合間を漂っているみたいな感じだけど。窓越しに降る雨のあいだを意識がすり抜けて、頑固な雲にぶつかってはまた地上におりてくる。
 今日も朝から雨が降っている。
 この星に暮らすことになって、いままでは当たり前だったのに当たり前でなくなったことがたくさんある。その代表的な一つが天気で、制御されないまるままの自然はこちらの計算が及ばないから、さあさあと数日来降り続いているこの雨にも、いずれ、もうすぐ止むでしょう、と曖昧な予報が繰り返し伝えられるばかりだ。
 ランカは透明なガラスに浮かぶ自分のかげと額を触れ合わせた。この雨は嫌いじゃない。額にひんやり静けさがしみる。
 あの大きな戦いを終えて、新たな故郷を作ろうと人々はいまとても忙しい。もちろんランカも、ランカの知る誰も例外じゃない。オズマやアルト、ルカたちは軍と居住空間の建設や復興、治安の維持に毎日駆り出されているし、ランカやシェリルは傷ついた人たち、それでも生きていこうとする人たちを励ますためにあちこちで歌って回っている。こんなときでも歌える、歌わせてもらえる、シェリルだけじゃなくランカも、歌で誰かのちからになれるというのはとても誇らしい、もったいないようなことだ。きっと。
「…………」
 吐いた息がガラスをくもらせる。
 ぼんやり空を塞ぐ雲をずうっと見上げて、それからランカはゆっくり、そうと振り向いた。――振り向いた、視線の先にはひとりのひと。調整しなくても自然とフォーカスが合わされて、どれだけ空気を揺らさないように気をつけて身動きしても、当然のようにそこに立っている彼の赤い目とすっと繋がる。
 政府からの命令はなくなったいまも、ブレラはランカの傍にいて、あの頃と同じボディーガードのようなことをしている。それからマネージャーのようなこともすこしだけ。各地を移動して回るランカには結局そういう人間が必要だったし、それにはブレラがいちばんふさわしかった。戦闘用サイボーグであるブレラの視覚聴覚、腕っぷしは生身の人間ではとうてい敵わないレベルだし、活動量に対しての休息はほんのわずかでかまわないし、それなり程度の経験もある。そして何と言ってもランカの実の兄なのだ。戦いを経て平穏を得て、みんな家族と今日を、明日を過ごしたがっている。
「もう時間?」
「ああ。……大丈夫か?」
「うん」
 頷き合って、ランカはうん、と今度は自分に向けて気合いを入れた。ぎゅうっと両手を握る。胸に当てて鼓動にも気合いを送る、そんな様子を見守るだけでブレラは何も言わずに待っていてくれる、そんな些細なことに安心する。
 晴れたらピクニックに行きましょう、みんなで、アルトも、そりゃあいまは大変だけどだからこそそれくらいはね、とこの間シェリルと約束もした。だからだいじょうぶ。そのときのシェリルのシェリルらしい力強い笑顔を思い出してほほえんで、ランカは心がまっすぐになるのを感じた。だいじょうぶ、だいじょうぶだ。
「晴れたら散歩に行こうね、お兄ちゃん」
「……そのときはまた歌ってくれ」
 あの日のように、となりでブレラがほほえむ。ハーモニカをプレゼントしよう。







たくさんのいのちとひとつのほんとう
お題:にやり
20101006
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