眠るスネークの顔を間近から眺めるとき、オセロットはとても静かで、そして深い、燃え尽きてとけ出す夕陽の光も届かない海の暗いところにあるよろこびを感じる。閉ざされて息を止めた唇から咽喉を通ってからだの奥、心臓までしいと静まって、ただとくとくとふるえる。感動している、と言ってもいい。彼に、スネークに、この名もなき男の生と死に。
 眠りは死に似ている。ある意味、擬似的なそれでもある。朝が生で夜が死であるのなら。
 仰向けでぴくりとも動かずに眠っているスネークの、鼻はそういえばまだ潰れていない。オセロットは自分の涼やかなものをそれなりに(その他のパーツと同程度に、毎朝の鏡を嫌悪せずとも構わないくらいには)気に入ってはいるが、こうして眺めていると、なんとなくスネークのその鼻にいっそう心惹かれてくるのを感じる。特別優れているわけでない、アメリカ人らしいそれだ。かたちが良いわけではない。ただ、これは彼のもので、その点に於いて他のものとは一線を画している、つまり数えきれない戦場を潜り抜けてきてなおいっそ一見ありふれたかたちをしているという、そのことがオセロットの産毛をそびやかすのだろうか。そうかもしれない。それはあり得る話だ。
 オセロットはスネークの呼吸を数え、それがまったく規則的で安定していることにまた一頻り感動を覚え、重ねるように自身の息を調えようと試みた。オセロットにとって昼でも夜でも眠るスネークを見るのは至極たのしいことだが、周囲の静寂が美しければ美しいだけすばらしい。ふさわしい、というものだ。
 呼吸をひとつに保ったまま、オセロットはわずかばかり身を乗り出して、屈み込み、覆い被さって顔と顔を近づけた。うんと近く、鼻先が擦れ合う距離で。目はしっかりと開いて。
 そうしてじっと見る。
 じっと、ただ、眼前の死んだように眠る男だけを。
 見る。
 …………
 …………
 …………
 そこでもしかスネークが目を開けて息を吹き返しでもしたら、そのままモーニング・キスをしてやろうなどとオセロットは考えていたのだ。







生きる前
お題:舌
20110326
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