真っ白なドレスで着飾ったメリルはとびきり美しくて、花嫁らしい「いまわたしは世界一幸せです」というその笑顔一つでまったくじゅうぶん、それ以外の華美なアクセサリーなんてまるで必要としていなかった。厳しく鍛えられて芯のあるからだにシンプルなデザインのドレスがよく似合って、屋根も十字架もないところもそれこそがぴったりだ。真実の幸福はそれだけで触れる者をあたたかい気持ちにさせる。だからその場には人数分以上の笑顔がたくさんあふれていて、本当にすばらしくいい結婚式だったのだ。もちろん、オタコンも等しくいい気分だった。
「スネークはどうしたの?」
 それは本日二度目の問いかけで、一度目を発したのはメイ・リンだった。
「ああ……、スネークかい?」
 二度目の今度はメリルからで、オタコンは決して二人の間で態度を変えるつもりはないし、そこに込められた想いに勝手な秤で差をつけるつもりもなかったけれど、何と言ってもメリルは今日の完璧なまでの主役で、それはこういうことにいろいろ自信のないオタコンでさえ了解していることでもあったから、だからオタコンは一瞬どうすればいいかわからなくなった。頭の回路はばちっといっぺんでショートしたし、ぐらりと胃袋のあたりが揺れた気もした。
「スネーク、スネークね」
 オタコンはまっすぐ彼を見てくるメリルから目を逸らし、それをごまかすのに眼鏡を直して、ばっちりピントがあってクリアになった視界に怖くなった。心臓がどんと強く打って、でもそれで反対に落ち着いた。どうしたらいいかなんて散々考えてきてとうに答えは出ている。そのことを思い出した。
「スネークは……えっと、ああ、どうしたんだろう?」
「はあ?」
 どうしたらいいか? なんて、わからない。全然わからない。
「どうしたんだろうね?」
 それが答えだ。
「ちょっと、何言ってるの?」
 今日のメリルは本当にきらきら輝いていて、大げさでなくまぶしい。詰め寄って来られるといけないとわかっていても視線を外してしまう。スネークは? だなんて当然聞かれるに決まっていて、だからあれこれ考えて覚悟だって決めてきたのにこんなに脆い。スネークは? 本当はオタコンだってそう思っている。どうしてスネークがここにいないんだ?
「ほら、彼って結構時間にルーズなんだ、だから……」
 わからないからそうしようと決めた。話すべきじゃないかとかいうこともオタコンにはわからないから、スネーク本人が話さないのだから、ということで、言い訳だろうと何だろうともう関係ない。
 オタコンが驚いて駆け出していってしまった覚悟をどうにか連れ戻している間、メリルはそんなオタコンをきっと鋭い目で見据えていて、それでもしばらくしたあとの瞬きでその鋭さはさっぱり取り払われた。それが本当に一度の瞬きの、文字通り一瞬のことだったからオタコンはひどく驚いた。あわてて覚悟の手綱を握りしめる。
 メリルは元の、幸せな花嫁さんにふさわしい、うんとやさしい目になって言った。
「そう。わかった」
 それから背後で盛り上がっているみんなをちらっと確認して、またオタコンにやさしいままの目を戻す。
「じゃあ、ちょっと、聞いてくれる? エメリッヒ博士」
 オタコンは頷いた。
 メリルはありがとう、とほほえんで話し出す。スネークのことよ。
「彼、もう何年も前ね、突然わたしの前から消えたわ。ほんとに突然。わたしはおかげで長いこと彼と、それからFOXHOUNDに固執してた。彼に認められたかった。彼を助けたかった。それだけでいっぱいで、……父のこともあったし、男はみんなエゴイスト、恋愛ごっこはもうこりごり、って思ってたわ」
 うん、とオタコンはただ頷く。メリルは落ち着いた所作でお腹の前で組んだ両手に視線を落とし、またゆっくりと顔を上げた。
「彼はわたしの英雄で、一度は好きになった男。……でも、いまはただの頑固な老人」
 それだけ。
 メリルは言い切って、若い唇を品良く持ち上げた。ぴんとしたすがすがしい態度に、オタコンはやっぱりうん、と頷くばかりだ。
「うん、そう、そうだろうね。わかった」
「スネークには伝えなくていいわ。もう全部言ってあるから」
「ああ」
 ありがとう博士、ともう一度言って、メリルはくるりと踵を返して楽しそうなざわめきのなかに戻っていった。彼女は今日の主役で、そちらがメイン会場だからそれで正しい。オタコンはずいぶんほっとして、ずっと平らかな気持ちになってメリルの後ろ姿とみんなの横顔なんかを眺めた。メリルはすごくきれいで、みんなは楽しそうで、スネークに味わわせてやれないのがどうしたってどうしようもなく残念だけれど。
「ああ、メリル」
 ざわめきにメリルがすっぽり入ってしまう、その一歩手前で何とか呼び止められた。振り向いたメリルが何かしら、と首を傾げる。
「おめでとう。幸せに。できたら、スネークの分も」
「ありがとう、博士」
 メリルが言った。三度目になった。







愛でさえ彼を変えなかった
お題:環
20100405
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