英国籍にある彼はいつでもアフタヌーンティーの時間をこよなく愛していて、それは一日の中でも決して欠かすことのできない、いっとう重要なほとんど呼吸にも等しい習慣だ。テーブルのうえに並んだものものから彼は紅茶のカップに指を伸ばし、向かいに座った男は迷わずサンドイッチに手をつけた。スモークサーモンにクリームチーズが挟み込まれた一切れをほんの二三口で咀嚼すると、男は続いてもう一切れもつまみ、瞬く間にぺろりと平らげる。ごくりとのどが動く。思わずため息を吐きたくなるその様に、だが彼は懐深くほほえんでみせた。苦笑とも言えた。
「まったく、まるで蛇だな、本当に」
 彼の皮肉めいた発言に、そこでようやくカップから紅茶に口をつけていた(しかしそれものどに残るかたまりを押し流すために過ぎないのではないかと彼には思われた)男は温かいお茶を一息に飲み干してから、けろりとして顔をあげた。
「ああ、俺はスネークだからな。少佐」
 おかわりは? と問うと男はあっさり頷いた。
「なかなかうまい」
 そうして今度はスコーンに手が伸びるのに、呆れこそすれ嫌悪感はすこしも沸き上がらないのは、男の食事は食事としてこのうえなく正しいかたちを持っているからだ。本能のうえにまっすぐ根差していて、男が口にするものはすべて一片の無駄なく男のからだを作り上げる。そして彼の肉体は人間という動物そのもののかたちをしているのだから、人間であればそこに好意以外のものが生まれようはずもない。それに何より男は彼の親しい友だ。
 退屈な午後のひかりが大きめの窓から惜しみなく射し込んでいて、他意なく(だろう)そちらに顔を動かした男は眩しそうに左目を細めた。そのまま眇めた目で彼を見る。その視線ときたらまるで人見知りの少年のような、ほとんど遠慮がちとも言える奥ゆかしさだった。男には、すくなくとも彼と男の間を繋ぐにはまったくふさわしくない視線。しかし避けられない、と彼は理解してはいても納得しきれずに目を伏せる。
「…………」
「…………」
 落ちた沈黙を二人ともが掬い上げる術を知らない。それは(もしか存在するとすれば)とても近しい場所に立つ彼らからいちばん遠く、死より隔たった地に咲いているのではないかと最近では思われる。二人は立ち尽くしたままでいるのにその香りばかりが強くなる。
 男は不思議な既視感を起こさせる笑顔を作った。少佐、と彼を呼ぶ。
「ごちそうさま」
「ああ……ん、おかわりがまだだろう」
「そうだったな」
 悪い、と男は今度は白々と映える壁に目をやった。思考をやくような白だろう、と彼は知っている。スクリーンのように彼女を映し出す。
「二杯目はもうすこしゆっくり味わってくれ」







そして尚も壁に問うのだ
お題:環
20100408
inserted by FC2 system