いまや全部を奪ってしまうのにも、片手で事足りるから簡単だ。力の抜けた彼の顔の半分に右手をかぶせれば、それだけですっかり彼は、スネークはもうそれ以上何を見ることもできない。人間が通常視覚から得ている情報の割合を考えればこれはまったく恐ろしいことだ。恐れるべきことだ。
 しかしスネークはまるで残った片目すら既に利かない、はじめから盲目の人であったかのように落ち着いてただオセロットの手を受け入れている。唇を揺るがせさえしない。手のひらに触れる丸い眼球のかたちで、これは骸骨ではないということがオセロットに知れるばかりだ。
 雑然としているようで空虚な彼の部屋と同じ、それはそっけない態度だった。面白くない。
「何か見えるか?」
「いや」問われれば答える。存外スネークは律儀な男である。「何も」
「何も?」
「ああ」
 残念だが。
 言うくせ、その声はぽっかり抜けた明るい響きで、かなしいやくやしいなんて一つもなかった。春の水辺にまどろむ爬虫類の穏やかさだ。
 オセロットが反対の手の指をきっちり彼の右目を覆っている眼帯に、そうと伸ばすと、スネークは見えてでもいるかのように(だから彼は恐れないのかもしれない)触れる寸前にからだをひいた。身動ぎする。
「やめろ、オセロット」
 とんと軽く、やさしすぎるくらいにあっけなく突き放す声だ。
「駄目か?」
「駄目だ」
「なぜ?」
「…………」
 漏れたため息はやはりやさしかった。オセロットはしかたなく左手を頬におさめて、鼻先が擦れ合うほどの距離で囁く。
「おまえの両目を奪ってやりたい」
 真摯な願いだ。
 だがスネークはひどくゆったりとした動きで右腕を持ち上げ、オセロットの左手を頬から剥がして丁寧に返してきた。実際よりもゆっくり動く印象のある唇が、本当にゆっくりとして開く。
「片目で満足してろ」
「なら俺がおまえの目になろう」
「は」
 スネークの唇が吐いた呼気のままかたまって、無垢な子どものように無防備になったその隙をついて彼を閉ざす黒い布地に唇を押し当てた。とても短いキス。
「約束しよう。ジョン」
 これも真摯な誓いだ。彼の名前に宛てた。
「…………」
 スネークは今度はため息を吐かずに、オセロットの右手をやんわり払った。離れて生まれた隙間がひいやりとして、オセロットは彼の低温の体温をなくしてから知る。
「俺は眠いんだ。だから寝る。邪魔をするな」
 自分でもいまはじめて気が付いた、というような調子だった。スネークはそれだけ言ってごろりと簡素なベッドに横になる。そうして言葉通りあっという間に眠りの淵だ。……まったく本能の生き物なのだ、彼ときたら。
 オセロットは空になった右手を握った。蛇がすり抜けて行った。







両の目を奪え
お題:環
20100411
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