骨まで凍り付かす寒風がびゅうびゅう吹き荒れる雪の孤島で、男は二本の足を大地に着けてすっくと立っていた。前の開いたコートの裾がばさばさ荒れて、すぐに雪に濡れて重くなる。しばらく伸びるに任せて放置されているらしい髪は長く、それも風に吹き散らされている。夜闇に加え吹雪に閉ざされて視界の利かない空を見上げて、流れ星でも待つ風情だ。決して叶わないものを願う横顔。
 オセロットは自身のもまた長い髪を押さえ、男の視線の先を追うようにしてみたが、やはりそこには闇と雪しか見付けられなかった。こうしている一秒一秒にも体温が奪われていくのがわかる。このままでは当然風邪をひく、もっと悪ければもっと悪い事態になる。わかっている。
「ボス」
 いままで何人の男をこう呼んできただろう? 歩んできた道を思えば案外とすくない気もする。女ならばただひとりだ。
「私は戻ります」
 リキッドは視線を寄越すことなく、わずかにだけ口を開いて「ああ」と短く応えた。唇はとうに凍って鈍ったそこから雪片が体内に潜り込もうとする。吐息はあっという間に散らされて白くも映らない。
 風邪をひくだなんて心配はまるで必要ない男(あり得ない話だ)が、オセロット、と小さく呼んだ。びょおおおと吹き荒ぶ風雪に千切られて本当にリキッドがそう口にしたのかは、果たしてわからないままだ。オセロットは返しかけていた踵を止めた。
「…………」
 リキッドは続けて何かを言ったのかもしれない、言わなかったのかもしれない。ボス、とオセロットは呼んだ。リキッドはあごをひき、頷くような縮こまるようなしぐさを見せる。
「髪を切ろうかな」
 安っぽい金髪は闇のなかでは光らない。蛍光灯になら馴染む色だ。人工の。雪にもそぐわないことはない。
「どうしたのです?」
 襟元に埋めるようにして覗いた鼻をふん、と鳴らすのは不思議と聞こえた。
「別に……気まぐれだ」
 びゅほおおおと舞う雪に長い髪が踊らされる。顔や首筋に貼りつき剥がれ叩きつく。オセロットは顔をしかめた。
「お似合いですが」
 本心だった。あの男にはすこししか似ていないところが好ましい男だ。オセロットにとって。
「そうか?」
 リキッドは乱れる髪を両手でかき集め、後ろで束ねて持った。
「まあいい」
 すぐに戻る。
 言ってリキッドはまた星のない空を見上げた。先に戻れということだろう、と解してオセロットは今度こそ踵を返す。ふと目をやった足下には足跡がない。前にも後ろにもどこにも続かない。
 オセロットはそっと目を閉じた。届かないから祈るのだ。







僕らの運命は交わる事を知らないのでしょう
お題:環
20100419
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