水色のワンピースのすそからふわり、白いレースがこぼれている。折れそうにか細い脚が三角にたたまれて、儚い膝小僧を半分隠し、半分覗かせて衣服がずり上がっていた。意外なほどほっそりと長い手指がひざのところで布地をおさえ、そのうえに小さな頭がちょこんと乗っている。色素の薄い髪がほどけて唇にあわくかかっているのは、まるで奥深い森の湖に浮かぶ朝靄だとか、高い塔を包みこむ秘密の霧みたい。そんなもの見たことはないけれどとにかく。
 休日にお宅にお邪魔してお喋りをしていてふと会話の途切れたその一瞬に、苹果の目はふうと陽毬に吸い寄せられて、ひと時離せなかった。
 美しい少女だと、路地で初めて出会った時にも感じたことを思い出す。あの時苹果は最高にみじめで悔しくてまったく絶望とカレーまみれだったのだが、そんなこととは遥か違うところで、陽毬はじゅんしんだった。それはもしかしたら陽毬の、かなしい、りふじんな、あくむのようなあくまのようなどくりんごのような病魔によるものなのかもしれない。でも、あんなに刺々しかった自分が一緒にカレーを食べようと思えただなんて、やっぱりこれも運命じゃないか。
 そのあと高倉兄弟と再会したことも。
 苹果がいまここにこうしていることもきっと。

 縁側になんだか窮屈そうなくらいからだを縮めて座った陽毬は、家の外の通りに静かに顔を向けている。ぼんやり遠くを見るような瞳が、アスファルトをたどってずっと行ったところにいる人を捕まえている。冠葉は午前中から不在で、晶馬は苹果が訪ねてきたときには在宅だったのだがいまは出かけてしまった。夕食の材料に買い忘れがあったらしい、やんわり世界との間にクッションを挟む笑顔を浮かべて、慌てて駈け出して行った。
 ここに晶馬がいたら、陽毬に座り方を注意しただろうと思う。そうしたら陽毬はどうしただろう。
「陽毬ちゃん、おひめさまみたい」
 唐突に聞こえることはわかっていたけれど、苹果は言わずにいられなかった、だって本当にそう思ったから。何か一つ退屈そうな表情で物憂げな陽毬は、でもそんなところまで魅力的に描いてもらえる、物語のおひめさまめいた風情だった。すべてを持っている幸福と、何もなくせない不幸とを両手に、ほほ笑んだりすすり泣いたりしている役どころ。
 ひらりふわりとしたレースも、天蓋付きの「かわいい」のかたまりのベッドも、いつでも全力で守ってくれる騎士も、お約束通り白馬に乗って表れる王子さまも、ぜんぶ、とってもよく似あう。苹果にはそう見える。
 晶馬にもそう見えるのだろうか。
「うらやましいなあ」
 言ってはいけなかったのかもしれない、でも言わずにはいられなかった、だって。
 陽毬は青白い顔にこぼれそうな大きな目を苹果に向けて、やせた指で自分を指し、唇を音を出さずにわたし、と動かした。うん、とこちらも声にはせずに頷く。もう後悔が心臓の底からしみ出していた。
「苹果ちゃんは、魔法使いみたいだね」
 笑って返した陽毬は、いかにも薄幸の少女だった。こんなに平凡そうな午後なのに、不治の病にはっきりと縁どられている。もしも本当に苹果に魔法が使えたら、いますぐ治してあげられるのに。陽毬のことが大好きなのに。
 心臓がひとりよがりにちくちくする。
 晶馬くん遅いねって、たんにそれだけ言えばよかった。







グリーンアイド・モンスター
20130425
inserted by FC2 system