寝不足の眼に夜の闇はさらに濃い。疲労でたっぷりふくらんだ関節にもぎちぎち入り込んで、もう一歩動くのだってらくじゃない。下生えを払うのも垂れた梢をよけるのも辛い。重たい(これは疲れのせいだけでない)そろばんを引きずりそうになりながら、三木ヱ門はえんやこらえんやこら、どうにかこうにか足を運ぶ。ほとんど引きずっているのと変わらなかった足どりがついに止まったのは、それでもまだ神経は完全に摩滅してはいないということの証明だった。
 地面が途切れている。
 ……それは横に長い穴で、恐らくは苦無で掘られたのだろう、つまりは塹壕だった。あっちから来てそっちへ行っている。少しかがめばひとひとり隠してしまえる深さが、夜の限られた視界に穿たれている。三木ヱ門は垂れた首を左右へ振って(泣きわめいて疲れきってしかしなおいやいやをする様子に似ていた)、もう頭を上げられなくなりそうな息を吐く、ところで、夜闇にきらりと光る落とし物を見つけた。二つ。
「…………」
「…………」
 はあ、と、ため息を落として三木ヱ門は顎を上げた。首と頭にのしかかっていた重りを吐き出して、幾度か瞬きをすれば月光が輝きを増した。わずかばかり明るくなった視界、見下ろした先には見知った顔が一つ。ご自慢の(まあ彼が自分の持ち物で自慢にしていないものはないのだが)髪も顔もひどく汚れている。土にまみれて、これなら少しは見られるかもしれないと思えた。高いたかい鼻の先にも化粧が施されていて、どうしてなかなか愛嬌があるではないか?
 滝夜叉丸は鼻先の土を擦って(広げて)フンと鳴らした。フンフフン。
「何だ、潰れた顔でそう見つめるな」
「それはお前だろう」
 穴の底から見上げる格好のまま、ほとんどひとひとり分の角度があるというのに、滝夜叉丸は器用にひとを見下す目付きをくれて髪を流した。それだって土だらけでぐしゃぐしゃだろうに。
「また決算か」
 そういう彼の方はちからなく塹壕に転がっているのだ。
「お前こそ、今夜はそこで眠るのか?」
「星を見ていただけさ」
「委員長は」
「とっくに解散した」
「置いていかれたのか」
 滝夜叉丸は真新しい布団の上にでもいるみたいに寛いで手足を伸ばしてみせた。それからひょいと起き上がって、ぐいとからだを穴の上へと持ち上げて、ぱんぱんといまさら汚れをはたいたりする。取れるわけもない。「ああ汚れてしまった」それからもう一度髪と目を肩越しに流して寄越した。
「まあお前にはついていけないだろうさ」
 フン。それだけを残して滝夜叉丸はさっさと踵を返した。土くれがこぼれるたびにその下から何か現れそうな後ろ姿だ、と三木ヱ門は思ってそれから早く風呂に入って眠らなくてはと速足で歩き出した。追いかける格好になったのはひどく不本意だが仕方ない。だって明日もきっと帳簿は合わない。
 何かは知らない。







ふかみどりのなきがら
お題:こどものゆめ
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