生月島の向日葵はどれもこれも萎れていて、匂いも何もなかった。「向日葵」なんて名前を付けられている花(意味はジンに聞いた)さえうなだれさせる日射しの下で、そのくたびれた花一本を日除けにしてムゲンは立っていた。さんさんと注ぐ光は彼の地獄よりはまだいくらかやわらかい。ムゲンは向日葵を知らない。地獄に花など咲くはずもない。
 額にかざした花と葉が作る影から明るい岬の突端を見る。もう万べんくらい見て見て見飽きた後ろ姿が、代わり映えなく、先程からずっと立ち呆けている。華奢な肩越しにはさらにか細い棒切れがあった。
 ムゲンは太陽に向けていた、大人の頭大の花と顔を向き合わせて鼻を寄せた。
「……何してんの」
 あせた黄色で塞がれた視界のほんの隅で、桃色が揺れた。
「匂いなんざしねえじゃねえか」
 フウはいっぽムゲンに足を寄せて、何てことない小石の手前で、それきりですぐに止まる。あわい影が足元に溜まっている。ひょいと小さな肩が上下した。
「当たり前じゃない」
「ああ?」
「それ、もう枯れるわよ」
 フウは気持ち頭を傾けて、言ったくせ、鼻の先を動かすような仕草を見せた。確かめなくても香るわけがない。
 ちょっと眉根を寄せてフウが笑った。
「しっかしあんた、似合わないわね」
 小石を越えてちょちょちょと寄ってきて、手のひらを出す。
「ほら」
「んだよ」
「貸しなさいよ」
 フウはほとんど枯れている向日葵を両手で持って、顔をくっつけた。数秒そうしてから顔をあげる。
「うん」
 満足げに頷いて、フウは身を翻した。小石を蹴飛ばして元の位置に戻って、屈んで、盛り土に立った棒切れの根本に手にしていた向日葵を置いた。墓前に萎れきった花がくったりと横たわる。
 日除けを失ったムゲンは目を細めて、そこで小さな背中が丸まるのを見ていた。行き着いたものたちのこの島はちっぽけで、薄暗く、甚だつまらない。天国では到底なく地獄でさえもない。けがが治ればおさらばで、もう二度と訪れることもないだろう。やっとせいせいする。
「よっし!」
 威勢よくフウが立ち上がった。
「もういいのかよ?」
「うん。待たせてごめん、ありがと」
「おっせえんだよてめえはよ」
 いっつもよ、と続けてこぼすムゲンにフウははいはい、と片手を振りながら追い抜かす。
「もう充分。行くわよー」
 あっさり言ってさくさく歩く背中を、なんとなく不本意に思いながら(舌打ちをして)ムゲンは追いかける。いい加減見飽きた姿ではあるが、旅の間は自分が先を歩くほうが多かった。
 途中でまた萎れた向日葵を一本取って手の中でくるくるしていたら、振り向いたフウがあきれた顔をした。結局ムゲンはこの花の本当に咲いている姿を知らない。匂いも何も。
「向日葵の花に匂いなんてないの」
「はあ?」
 フウはすっきりした声で言って、自分も一本取って日除けにする。うつむいて揺れる向日葵畑は一週間とすこしかだいぶ前、この島にやって来たときと何ら変わらない。ムゲンはくたびれた花を軽く振った。







お前いつ泣くの?
お題:キカ
20101020
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