椿佐介の特徴といったらくせのある髪、猫めいたアーモンド型の目、それから何と言ってもぱしぱしの下まつげ。黒く濃いそれらはおもちゃの兵隊がするように生真面目にカーブする目元に整列して、信念を込めて見据えるときにはそこに鋭さをつけ足し、気抜けして見つめるときには円らさを強調させるものだった。戸惑っているときには回数の増える瞬きのたび忙しなく小さく鳴るようで、もちろん実際には聞こえるはずもないそんな音が、どうしてか安形を酷く、むずがゆい気持ちにさせるのだ。つまり椿の下まつげが震えさせるのは二人の間の空気ではなくて、どうやら安形一人の心臓らしい、詩的な表現を用いれば。他人より鷹揚に打つそこの意外な繊細さを知っているのは安形だけで、だから安形本人にとっては意外でも何でもないが、心臓から這い登る痺れが口の端にまでやってきて嫌味なかたちに歪むのを堪えられない。さらにともすれば時によっては誰も知らないだからこそ、涙のよく溜まりそうなその生え際に指を伸ばしたいという衝動も。
 そうちょうどいまみたいに。
 会長、とおそらく椿は言おうとして、だがそれは叶わずに中途半端な呼気が漏れただけだった。いつもどおりの、のらりくらりと受け答える安形に椿が半ば小言らしいことを言い募るというさして生産的でもない会話の途中で、ふいと安形が普段より距離を詰めて腕を持ち上げた段階で椿はいったん唇を噤ませそしてまた開いたのだが、「会長」か「会長?」か「会長!」かどれかが形作られるより先に安形の指が狙いの場所へ到達してしまったので、椿は結局そのたった一言の言葉さえ完成させられなかったのだ。あんまりびっくりして。びくっとほとんど生理的な反応でからだを縮込めた椿は、まぶたもがっちりと下ろしてしまう。
 安形の指の横腹で長いながい下まつげがさわさわと震える。
「椿、目ぇ開けろ」
「……会長?」
 数秒の逡巡の間のあと、いかにも恐る恐る、といった様子でまぶたが押し上げられて、男にしては大きくて丸くてお人形さんのような目が現れた。いまは零れない涙の膜に、安形に対する全幅の信頼と固い忠誠と無防備な恐怖がうるうる揺れている。
「まつげなげえな」
 愉快で、どうしたって安形は笑わずにはいられなかった。心臓で羽化した虫が羽ばたいてそこここがくすぐられる。椿はまるで何もわからない顔で安形を見上げていて、その黒く忠実な兵隊たちはいまはいたいけにさえ見える。安形はただ単純にこの下まつげに触れてみたかっただけで、すこし引っこ抜いてもみたくて、次はいっぱいに涙が膨らんで溜まるところとそれから決壊してこぼれる一瞬が見たい。言ってもおまえにはわからないだろうけどな。







あそびが好き
お題:ultramarine/∞=
20110130
 
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