校内でうたた寝をする現生徒会長・椿佐介だなんて、全校生徒のいったい何割が、何分が、いや何人が目にしたことがあるだろう。
 これはほとんど想像さえされないようなものに違いない。一日の授業は終わったあとだとはいえ、生徒会室の、本来ならばばりばりと会長としての仕事をこなすために置かれている机にぺたりと横頬をくっつけて寝息を立てる。そんな椿の姿を、見ているのはすくなくともいまは希里だけだ。
 エアコンの吐き出す温風に暖められた室内で、椿はまったく幸福そうに眠っている。いかにもやわらかげな頬のラインと、そこに落ちるまつげの影はあまりに幼い。常の彼の持つ厳しさは、ひとえにその精神にこそ支えられているのだと思われる。この彼の、見ようによれば愚直なまでの真っ当さに希里は救われたのだと思う。ひとを信じてもいいと、信じようと、信じたいとあのときからもう一度思えるようになったから。だから希里は椿の真っ当さを、己の何にかえても守りたい。
 それはもしかしたら、眠る幼子の夢を守るように。
 …………
 大概の場合刻まれている眉間のしわもいまはなく、不正を見逃さない目も当然隠されて、「愚か者」を弾劾する唇はわずかに開いて静かな呼吸を繰り返す。まるで、学園によく知られている椿佐介そのひとではないようだ。みなにおそれられ、しかし信頼されて学校を率いる、希里の信じたくなった椿とは。
 定例会議の時間まで、他のメンバーが来るまですこしだけ、そのときには起こしてくれ、すまない。そう言ってとうとう連日の寝不足で重くおもくなったまぶたに屈した椿に、わかりましたと一言だけで答えて希里は以来ずっとその寝顔を見つめている。まるであの国民的コミックの主人公の少年のように一瞬で眠りに落ちた椿を、ずっと。椿からの頼みごと(希里にとっては大切な任務)を果たすためにも、そうまでしている必要はない、そのことくらいはわかっているのに。
 ただ、希里は椿の不意に見えた無防備な、あどけないまでの横顔から、どうしてかどうしても目を離せないでいる。そして会議の時間なんて他のメンバーなんて来なければと、思わずにはいられないで。どうしてか、どうしても。
 旧式のエアコンが温風を吐き出す音がたまに大きくなって椿の寝息をかき消そうとする。そんなことにも、夢の帳まで乱されてしまいはしないかと心配になる。どうか、もうすこしこのままでと、希里は思わずにはいられない……。理由なんて……。
 願いと祈りはよく似ている。
 もうすこし、あとすこし。
 そうしたら、もしかしたら。
 二つのまぶたとまつげはひっそりと重なったまま。







黄金のまどろみがきみの目にキスをする
20110827
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