ぽってりと紅い花だ。縁まで一分の隙もなく艶やかな色をした花弁が、しっとりと内に蜜を溜め込んで開いて、触れずとも目にするだけで潤いをくれる。椿の頭の中だけの想像の世界で、いたずらに伸ばした指の腹がつうと滑る。
「きれいだな」
 短く折り取られた一枝を眼前に、椿は一先ず、何はともあれ率直な感想を述べておいた。よく知った名の花の季節が、そういえば訪れているらしい。椿自身が通学路等で目にすることはまだなかったが……。
 会長、おはようございます、という折り目正しい朝の挨拶に続いて差し出されたまま引っ込む様子のない一枝に、椿がわずかに顔を傾けてその向こうの差し出す手の持ち主に目を向けると、希里はまるで表情を変えないで(涼しげな様子で)どうぞ、と短く口にした。それでああ手渡そうとしているのか、とようやく了解した椿は肩に鞄をかけていない側の右手でそれを受け取った。親指と人差し指と中指、三本の指で挟んだ細い枝には数枚しっかりとした緑色の葉が付いていて、そのてっぺんに丸い形をした花が一つ乗っている。
「山で見つけました」
「それで僕に?」
 どうして、というニュアンスを含めて問いかけながら、けれど椿には半分わかってもいた。早春から見られるこの花は日本を代表する一種で、首からぼとりと落ちるその様は不吉だともされるが、そこには潔さもある気が椿にはする。とても、本当にとても頻繁に名前を聞く花だ。
「会長にふさわしい、お似合いの花だと思います。花言葉はご存じですか?」
 よく澄んだ朝の空気のなか、希里の吐く言葉は白くなってとけていく。しかしもう、春の字を持つこの花が咲くような時期なのだ。
「いや……そういうことには詳しくなくて」
「本当にお似合いです」
 そう言う希里の声にはどこか誇らしささえあるようで、椿は理解しきれないながらも、その声の色合いが伝わって胸が染まるような気がした。それだけでどういうことだと、聞き返す必要などもうないような。
 未だ寒気鋭い彼らの朝に、確かにいま春が一花ほころんだ。







誇り・完璧な魅力・気取らない優美・理想の愛
20110911

タイトルは椿の花言葉
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