どこから仕入れてきたのか戦中だというのに酒を片手に坂本がやって来て、相変わらずのもじゃもじゃ頭に顔をしかめていると酒の匂いをかぎつけたのかもう一人のふざけた頭をした男もやって来て、そうすると当たり前のように高杉が窓際に座っている。開いたままの障子の向こうには月が見える。引き伸ばした雲の間には星も見える。
「おいヅラそれよこせ」
「ヅラじゃない桂だ。どれだ」
「それだそれ」
 夜は静かだった。戦場とは思えぬような、日中の熱を失った空気はいつのまにか秋の香を含んでいる。高杉の肌蹴た胸元が少しばかり目に寒い。銀時の頭にはようやくふさわしい季節かもしれない。坂本にはもっとうんと深い冬が似合う。
「これは俺のだろう」
「オイオイケチケチすんなよこんなときだってーのに」
「こんなときくらい節制できんのか貴様は」
「いやスッゲェ耐えてんじゃんもう限界なのよマジ糖不足だっつーの」
「貴様に足りんのは頭の中だろう」
「ん? 高杉おんし何しよう」
「アァ?」
 何やら猪口に視線を落としていた高杉が顔を上げて、月、と短い返事を返した。坂本がは、とさらにそれに疑問の一音を返す前に横から桂がその手元を覗き込む。さらさらと流れる髪が夜の空気といっしょに流れて、ああと納得した声が上がった。どことなく満足げに。
「今夜は満月だな」
 高杉が猪口を揺らして唇の端を引いた。坂本は桂の言葉につられて高杉の向こうにある窓から夜空をちらりと見、それから視線を戻したところでそれを見た。
「月でも呑もうってか」
「つまみもねェからな」
 銀時の言葉に高杉は凶悪に笑んで、くいと猪口を傾ける。銀時はふうんと頷いて、それから高杉にならってとろりとした酒のなかに月を浮かべようと腕を動かす。名前通りの銀の糸が月光に淡く踊っている。
 坂本はそれを見ながら、いつの間にか干されていた桂の杯に継ぎ足してやろうとしてそれで、見た。桂の髪はさらさらでつるつるでまったく上等の絹糸にも引けをとらない。肩の向こうを流れて落ちる。睫毛も同じのでできていて、ゆったり上下していた。
「おんし……」
「ん、なんだ。重いぞ」
「母親みたいやき」
「ならおまえは父親か」
「えっなになに何きもい話してんの」
「テメーら何べたべたしてんだ気色わりィ」
「アッハッハッお互い様じゃろー」
 銀時は重い重いと言いつつも崩されない肩に乗っかったもじゃもじゃに手を伸ばしてみた。汚ならしい上にどことなく得体が知れないそいつは、触ってみるとごわごわしていた。あ、ぜったい俺のがましだわ。
 首から頭に移った腕が重たい。すべすべした肌が擦れる瞬間はひやっとして、でも近い体温はあつかった。
「晋ちゃん何してんの」
「ん?」
 耳の斜め上後ろあたりから降ってくる声は上機嫌だ。酒のせいでもない。髪をひっぱられて顔をしかめた銀時を、桂が微笑んで見ている。やわらかく静かに。坂本はいつものとおりで、そういえばこいつらはいつもこうだなあと思った。
「ほんとくるくるぱーだなァ」
「いやいや何言ってんのほらこっち触ってみ」
「気味悪い」
「ひどいきー」
 アッハッハッ。ばかの笑い声をかわしてばかのくるくるから指を離してばかのひざの前にあった酒をとると、ばかがばかに、銀時が桂に言った。いつのまにかお互いの間が狭まっていて肩が触れ合う。高杉は板張りに落ちる月を指でなぞった。
「オイオイかーちゃん俺にもくれよ」
「かーちゃんじゃない桂だ。それにあれはやったんじゃないとられたんだ。こら高杉」
「つーかせめて兄弟じゃね?」
「それなら高杉が末っ子だな」
「アァ?」
「そうじゃのー」
「まあそうだな」
「気色悪いこと言ってんじゃねェ」
「まあな」
「アッハッハッ」
「高杉、それは俺のだ」
 酒の面が揺れると月も揺れる。星はずっと散らばったままだ。月を入れた酒を持った高杉の指に、桂と、銀時と、坂本の指がぴったり同じタイミングで伸ばされた。同じタイミングで、ぶつかる。カツンと音は素っ気なかった。
「あ」
「あ」
「あ」
「アッハッハ」
 板張りに月が泳いだ。







中天に回帰
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