海に行きたい。
 とか。
 そういう唐突で脈絡のないわがままを言い出すのは決まって高杉の役目で、まあた始まったとぼんやり聞き流す銀時と、聞いているのかいないのかも分からない辰馬と(色眼鏡に隠れて見えない目は閉ざされているのかもしれないし)。それから、毎度まいど飽きもせず高杉に答えてやるのが桂だった。
 四人がいるのはせせこましいアパートの一室で、年代物の扇風機が桂に似た生真面目さで首を振ってはじめじめと湿度の高い日本の夏と戦っている。あっち向いてこっち向いてあっち向いて……、休みなく働いても全然涼しくならないところがいじらしい、と銀時は思おうとしてみたがそれ以前に彼にはほとんど風なんて当たってやしなかったのでやっぱり腹立たしいばっかりだ。
「暑い」
「…………」
 いちばんよく扇風機から風が送られておまけに窓に繋がっていて自然の風まで通るつまりどう考えたっていちばん涼しい場所に座った高杉がさも不愉快そうに言うもんだから銀時は素直に何こいつと思った。じゃあ替われや、とも思ったがでも言わなかった。だっていろいろめんどくさい。何なのよもう。
 わがまま坊っちゃんは特等席に陣どったままでのたまう。
「山行きたい」
「海はどうした」
「星っつったら山だろ、山」
「どうして星が出てくる」
「バァカ」
「バカじゃない桂だ」
「じゃあやっぱりバカじゃねェか」
 桂の長い髪が扇風機のほんのわずかな風にも散るのを見ながら、銀時はすっかりとろけるチーズみたいな心地だった。とろけるスライムでもアイスクリームでもなんでもいいがまあそんな感じ。あーあー……。
 なぜだ。どうして。高杉。おい。
 しつこく問い続ける桂に、高杉は愉快なんだか不愉快なんだか、なんとも微妙なふうに笑っている。悪い顔だ。
「晋助はロマンチストじゃきのー」
「バァカ」
「高杉」
 結局その日は海に行った。
 おい辰馬エアコン買ってくれ。







僕らを繋ぐ赤くはない糸
お題:イエスマンの誘惑
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